あなたは怖い話は好きですか?
老若男女、一度は聞いたり話したりなど、怪談に触れる機会はあるのではないでしょうか。
そんな中でも「バス」は舞台としてはメジャーと言えるでしょう。
今回紹介するバスの怪談は「変わった乗客」です。
夜中に読むのはおすすめしません。何故なら、眠れなくなっても責任は取れませんから•••
それでは、ごゆっくりお楽しみください。
他の怪談も気になるという方は、下記の記事を参照ください。
【バスの怪談】「変わった乗客」
その日は唐突にやってくる。
茹だるような暑さも去り行き、涼しくもやや冷たい風が頬を撫でるこの季節。
冬の訪れを予感しつつも過ごしやすい気温に身体も精神も解れていく。
そんな誰もが緩む心の隙間に入り込むように奴はやってきた。
とんだ気付け薬もあったもんだ。
いつもは徒歩か自転車での行動が基本であり町一つ程度であれば公共機関も使用せずに移動するのだが、その日は遠出の必要があり最寄りの駅までバスを使うことにした。
早めに家を出てバス停まで向かう。太陽の光は暖かく、例年より気温もやや低めのためか、空気はとても澄んでいるように感じる。
涼風が呼吸の度に身体の中を駆け抜け、まるで邪気を押し除けるように全身へと流れてく。
バス到着の数分前にはバス停にあるベンチに腰掛け電車の時刻を再確認していた。
あまりバスを使用する機会は少ないが、その希少な機会に毎度のように思うことがある。
これは公共機関全てに言えることかも知れないが(いや、万物全てに•••と飛躍すると収集が付かなくなるので公共機関に絞らせてもらう)、ことバスについては時刻通りに到着することが少なくないか?
地域柄や交通状況にもよるだろう。バスは信号を操作できるというが、毎度操作したとしても時刻通りは難しいだろうし、その操作も毎度できるわけではないだろう。
様々な努力をこなして、どうしようもない理由があって現状があるのだろうと慮りはする。
だが•••
「あれ?バス停間違えた?」「ん?祝日か?」「気づかない間に•••バス通り過ぎた?」
少しでも時刻を過ぎれば感じてしまうこの不安、これだけは拭い去れない。
都心部になればバス停の中で現在のバスの進行度が一目でわかるような工夫も見られる。できれば全バス停に設置できないものか•••なんて考えているうちに数分遅れのバスが到着する。乗車。
どこかに座ることはできないかと辺りを見渡す。
バス前部の右側、1人席は既に埋まっていた。左側にあるロングシートの優先座席へは倫理観からかあまり座りたくはない。
隣掛けの座席を利用するかとバス後部へと視線を送る。
するとどういったことだろうか。左右両方の座席の窓際に乗客が敷き詰められていた。
廊下側の座席は綺麗に空いている。
まるで軍隊を彷彿とさせるような整列具合だった。
だが、注意深く見ると一席だけ誰も座っていない隣掛けの座席があった。
一緒に乗り込んだ乗客はいないが、偶然見つけたお宝を誰にも取られまいとするトレジャーハンターのような焦燥感・高揚感で座席へ向かう(トレジャーハンターの何たるかは知らない)。
お宝を手に入れてほっとしながら軍隊に加わる。
駅までは20分ちょいくらいか。目的地までの乗り換えを頭の中で反芻しつつ窓の景色に目をやる。
落葉樹の葉もしっかりと色づいておりまばらに地面を彩っていた。
「綺麗だ」「もっと見たい」「映えている」そんな言葉を投げかける人もまばらに敷かれた落ち葉には興味はなく踏み歩くのだな、と窓に映る景色に卑屈を投げかける。
次止まります
扉が開く。冷たい空気が車内を巡る。否が応でも扉に視線が移った。女性が1人乗り込んでくる。
扉に視線が移ったのは、冷たい空気に対して少なからず嫌悪感を抱いてしまったからなのだが、そんな嫌悪感もすぐに対象が変わることになった。
黒かった。足の先から頭の先まで全部。足元は黒のパンプス、全身黒のワンピース、頭髪は腰までの長さがあり、身体を旋回させた際に生じる頭髪の隙間は背部の景色も映さない程黒く毛量を感じた。
見た目からの印象だろうか。身に纏っている空気も言いようもなく黒く感じる。心なしか、車内の空気の質量が増えたように感じた。重い空気がこの女性から流れてくる。
女性は車内を見渡すでもなく、決められた指定席へ向かうかのように隣掛けの座席へと身体を向け歩き出す。この時気づいたのだが、右手に黒の日傘•••というには大きめの傘を持っていた。
前述の通り窓際は軍隊が占拠していた。後部のロングシートも同様。誰かの隣に座るのは明白。女性には悪いが自分の隣ではないことを祈っていた。
だが祈るという動作は一方通行で終えることが多い。今回も例には漏れない。
数ある廊下側の座席から彼女が選んだのは•••
座席のすぐそばまで来た。神様に文句を言ってやろうかと思いつつ窓際に身体をよせる。だが、女性は座ろうとしない。
それどころか座席の近くの吊革に左手をかけ身を寄せるようにこちらを見てくる。
前髪は鼻下まであるだろうか。女性の顔の大部分を覆ってはいたが、頬の垂れ具合、ほうれい線の濃さから50代前半と予想する。
視線が合った。
隠れてはいたが、女性の瞳はこちらを捉えていたことがわかった。異様なまでに黒目の占める割合が大きいからだ。
黒目が大きすぎて逆に白目の部分が際立つほどに。
周りの乗客は見知らぬ顔で、まるで本当に見えていないかのように関心がない。
何が起こっているのか理解ができない。状況を整理できずにいる。身体が椅子や床に縫い付けられているかのような錯覚を覚える。重たい緊張に•••いや、恐怖に包まれていた。
この空気に耐えることができず目を逸らしてしまう。だが少し後悔した。得体の知れないものを視界から外してしまうということは、何があっても知見することができないということ。
改めて視界に捉える勇気も湧いてくるはずはなく、幽霊を怖がる子供が布団を被るが如く俯き、事が過ぎるのを待つしかなかった。
そんな冷戦状態を破って口火を切ったのは•••奴だった。
「隣、空いてますか」
声は甲高く上ずっている。人によっては癪に触るような声だろう。抑えきれない気持ちを噛み殺しながら詰まるように声を出している印象だ。
気持ちとは裏腹に頷くしかなかった。
だが、奴は腹の裏を汲んでくれたのか•••はたまた返答などどうでも良かったかのように続ける。立ったままだ。
「今日は雨が降るみたいよ」
そんなことはお天気お姉さんも言ってはいなかった。ここまでお膳立てされた会話の進まない(進めたくない)天気の話題は生まれてこの方遭遇したことがない。
「あ」
「隣、空いてますか」
思い出したかのように奴は繰り返す。だが、こちらの必死のアクションも奴の目には止まっていないようだ。
「今日は例年より寒いってね」
それはお姉さんも言ってたな。相槌も打っていないのだが一方通行の話は続いていく。話し始めたら止まらないタイプらしい。
「あなたはどこに行くの?」
油断していた。返答を求めてくる質問が飛んできた。今までは頷くか、黙って聞いていればやり過ごすことができた。ここにきて今日1番の分水嶺が目の前に見える。
「ねぇ、あなたはどこに行くの?」
どうやら黙ってやり過ごすという選択肢は取れないようだ。どう口を開けば正解か思考を張り巡らせる。候補は上がるもどれも頼りなく、固く結ばれた口を突いて出ることはなかった。
まるで法廷で訊問されている気分だ。
「◯◯駅です」
目的地を告げるともしかしたら付いて来かねないと感じ、途中地点の駅名で返答する。咄嗟に出てきた答えだったが我ながら名案かも知れない。
「え?どこって?」
聞こえていなかったらしい。再度、今度は少し大きめの声で返答する。
「◯◯駅です」
「え?どこって?」
先ほどまで感じていた恐怖も徐々に苛立ちへと変換されていく。
「◯◯駅!!」
感情を抑えきれずに声を張り上げてしまった。奴はこちらの嫌悪感に気づいている様子もなく
「そう」
と間の抜けた返事をする。流石に静観を貫いていた軍隊も異変に気付いたようで、前席の数名が顔を顰めつつこちらを一瞥した。それはそうだ。「バスの中ではお静かに」誰もが知るルールだ。
だが、濡れ衣だと叫びたい。いや、実際は加害者であることは間違いないが、巻き込まれたのだと理解してほしい。情状酌量を、温情をかけてほしい。というか状況を見て判断できないものか。
周りの視線も気になってきた。やはり恐怖が薄れてくると俯瞰して状況を判断できるようになるようで、座席を変わるか、次の駅で降りるかと思案し始めた。
「あ、隣、空いてますか」
奴が再三唱えた呪文が決め手となった。
座席に備え付けられているボタンに手を伸ばす。
次、止まります
奴はこちらの動作にはお構いなしに何か話していたが、黙秘を貫いた。
バスが止まったと同時に立ち上がる。恐怖は完全に苛立ちへと変換されており、通路を塞ぐように立っていた奴を半ば強引に退けるように出口へ向かうなんてことは造作もなかった。
ICカードをマルチ決済端末に近づけようとしたその時、奴が背後から近づいてきた。
「雨降るから、これ使って」
そういって右手に持っていた黒い傘を差し出してきた。
怒りが爆発した。振り返ってから一言。
「いらねぇよ!!」
ルールなんて知ったこっちゃなかった。
「アハハはハハハハ」
何故か奴は大声で笑い出した。コメディアンが観客の笑いを誘うように高笑いするような大袈裟ではありどこか狂気も含んでいるそんな笑いだ。
呆気に取られていると左の運転席の方から声が聞こえた。
「誰と話してるんですか?」
運転手の顔は引き攣っており、血の気が顔から引いていた。
一瞬心身ともに硬直してしまったが、弁明しようと奴の方へ顔を向けた時、その場には誰もいなかった。
いや、正確にはこちらを訝しんでいる軍隊の様子が一望できた。
一度は引いた恐怖が足元から這い上がってくる。
その場から離れるべく急いでバスを降りた。
そこは知ってる街並みで合ったが、どこか暗く違う景色のように感じた。
涼風が身体を包み込む。そしてお姉さんはどうやら間違えていたらしい。
頬に一粒の水滴が流れた。
まとめ
軍隊や運転手には奴は見えていない
一瞥されたのも、運転手が引いたのも奴ではなかった
奴の正体は最後まで不明だが、バスの中では迷惑行為を控えて正しく利用しよう
以上で、【バスの怪談】「変わった乗客」を紹介※眠れなくても責任取れませんを終わります。
他にも、【バスの怪談】「厳選4選!!」を紹介※眠れなくても責任取れませんという記事もあるので、興味がある方は是非ご一読ください。
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